満ちる月の下で
夕月夜
守り通した約束も
帯ともろとも
ハラリほどけぬ
「今夜は、満月だな」
空を見上げて、主様が呟いた。
澄み切った秋の夜空
10月最後の満月が
優しい微笑みを浮かべ
輝いていた。
「ええ、素敵なお月様」
主様の腕に抱き寄せられ
私は、少しだけ背伸びして、それに応えた。
今宵の月は「ハンターズムーン(狩猟月)」
秋に実った豊潤な果実を食べて成長したシカやキツネなどの野生動物たちを、ハンターが狩るのに絶好のタイミングだったことから、ネイティブアメリカンたちは、そう呼ぶのだそうだ。
今宵は、久々のふたりだけの外食。
お店の暖簾をくぐると
すぐにカウンターに通された。
いきつけの、いつものお店。
私は必ず、主様の左側に座ります。
手を私の膝に置き
お酒を嗜むのが
主様のお好みだから・・・
カウンター越しに、料理の薀蓄を板前さんに語りながら、
私に酌をさせるのです。
酌をする度に
幽かに動く主様の指先
思わず
唇から洩れる吐息・・・
板前さんが
ふと顔をあげる。
恥ずかしさに
思わず顔をそむける私。
「どうした?」
「いえ、大丈夫です・・・」
主様の声に答えながら
お酌する私の手は
微かに震えていました。
「お酒を変えましょう。」
「今度のお酒は楯野川」
「ひやおろしを入荷しました」
何事もなかったかのように板前さんが呟き
一升瓶をカウンターに置きました。
ひやおろし
江戸の昔、冬にしぼられた新酒が劣化しないよう春先に火入れした上で大桶に貯蔵し、ひと夏を超して「冷や」のまま、秋に出すお酒だそうです。
「新酒とは違う」
「熟女の味わいだよ」
いきなり、抱き寄せられ
口移しで酒を注がれ
身を捩る私・・・
「あぁ・・・」
私の声に呼応するように、主様が呟いた。
「まるで、お前のように味わいがある。」
「なあ・・・マスター」
板前さんは応えることなく
目を伏せ
調理に没頭をして下さる。
その優しさに感謝しながら
身を震わせ
密かに気を遣り酔いしれる。
ひやおろし
火入れに忍び
仕込まれて
秋にその身を
開きて魅せむ